というわけでWeb担も電気関係。
ただしこちらはノウハウとして。
一年前と通信状況が変わっているので、しっかりと対策を立てれば
なんとかやりくりできるかとは思います。
しかし、精神論でクリアできるほど計画停電は甘くありません。
それは「電気が止まる」ということをリアルにイメージできない
からです。特に関西の人は昨年の東北、関東の状況について、正直
他人事であったとは、関西在住の知人のはなし。
「大変やろなぁとはおもぉたけど実感は正直ないなぁ」
それはそうです。当事者と傍観者は異なりますし、また実際に
一般家庭が計画停電に追い込まれたときは「震災直後」で、我々も
緊張感がありましたので「耐える」というより「仕方がない」が
強かったのですから。
この夏は違います。被災から時間が経ち、被災地から遠い関西での
停電です。起こらなければ笑い話として、準備だけは転ばぬ先の杖と
してご検討ください。
■Web担当者Forum 現場の心得 第263回
関西計画停電というビジネスリスクとビジネスチャンス
http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2012/05/16/12738
[特別編]あらゆる計画が0.2!? 計画停電で死人が出る理由
http://news.mynavi.jp/column/itshacho/163/index.html
原発の賛否はともかく、大阪万博に原子力の灯をとどけんとした
ことを忘れてはなりません。それは戦後復興であり、同胞を傷つけた
科学を克服したという象徴でもあったのですから・・・と、この時
わたしは母親のお腹の中ですが。
こうした歴史的経緯をスパッとわすれて、現状だけで論じるのは
日教組教育が「歴史」の重要性を教えてこなかったからです。だから
事象に対して「流れ」で追わず、オンオフだけの議論をしたがる人
が増えたのです。
ついでにいえば原発に舵を切ったのは「オイルショック」も
関係しています。石油依存により安全保障が揺らぐリスクからの
脱却として選択したのが原発だったのです。
だから明日も使えと言うことではなく、40年前の議論を覚えて
置かなければ、40年後の議論もできないということです。
都合80年。まぁ生きていないかも知れませんが、前後1年なら
たぶん大半の人が生きている・・・というかリアルに予見することが
できるでしょう。
すると1年2ヶ月前の震災直後から原発が止まるリスクは予見
できていました。で、いまの関西の電力不足です。
というわけで、無理を言っての特別編です。
大阪の橋下市長が計画停電も受け入れるかのような発言をして
いましたが、ならば計画停電で実際に電気が止まった我々市井の
声に耳を傾けておかないと、本当に死人が出ますよ。
※本項を書くのに経産省に取材しましたが、「苦渋」というのが
正しい回答に終始しました。政治に振り回されているのでしょう。
■マイナビニュース
[特別編]あらゆる計画が0.2!? 計画停電で死人が出る理由
http://news.mynavi.jp/column/itshacho/163/index.html
ソーシャルメディアを切り口にしましたが、ビジネス全般に役立つ
と自負しています。
特に「Win=Win またはNo Deal」。
取引とは互いの同意の下で成立するもので、不平等条約ではあり
ません。だから同意できなければ破棄すればよいのです。
この点はTPPなども同じ。わたしが民主党政権下でTPPに
反対するのは「No Deal」と言えない状況に追い込まれるであろうと
予見しているからです。
そしてツイッターをやる上で重要なカスタマイズも紹介しています。
それはリンカーンの言葉にある
「2人の人が同じ意見を持っているとすれば、そのうち1人は余分である」
詳しくは本文にて。
月商3万円から生還した社長の「人気ビジネス書 実践カスタマイズ」
■ソーシャルメディアを良い習慣に変える『7つの習慣』(2)
http://news.mynavi.jp/column/businessbook/006/index.html
東電の再建計画が「認定」されました。
原発の再稼働や電気料金の値上げがうたわれ、そこにマスメディア
が噛みつきます。
昨日から東電のお客様担当の役員が、ワイドショーに登場しては
頭を下げまくっています。昨日はTBSの「ひるおび!」で、
今朝はテレビ朝日の「モーニングバード」。
立たされ坊主のような東電の役員に、MCを筆頭にコメンテーター
たちが集中砲火を浴びせる構図です。いうなれば
「公開リンチ」
下品です。役員とは言え、こうした汚れ仕事を割り当てられる
彼の立場をおもんばかるのが、昭和の日本人がもっていた価値観が
日教組により破壊され、安い正義感とテレビに出ているとちやほや
される全能感がサディスティックな本能を刺激しエキセントリックに
責め立てます。
昨日の「ひるおび!」のMCはお笑いタレントの恵俊彰さんで
日頃から「スタンディング」で進行しており、東電の役員と同じ
視点にたっており、また彼の持ち味でもある
「真綿で首を絞めながら、カウント2.5で逃がす」
追究の仕方で、不快感は緩和され、庶民の溜飲を下げる上手な
進行でした。すっかり弁護士の領分を越えて発言する八代弁護士は
・・・まぁあれとしても、まぁまぁ許容範囲。
ところが今朝の「モーニングバード」はいけません。
メインMCの羽鳥慎一さんが100円ショップで売っているような
正義感をもちだし追究します。例えば、震災前の電気料金を捕まえて
「そもそも料金は正しかったんですか」
と同じ質問を何度も繰り返します。俺は一途だ、ぶれないぞという
アピールかも知れませんが、圧倒的有利な立場で年長者に座ったまま
問いかける姿にこう思います。
「何様?」
さすが、お世話になった日本テレビを辞めた直後に、ライバル局の
ほぼ同時刻の番組に出演できる男だと眉根を寄せます。
しかし、番組が進むに連れて、羽鳥慎一さんが可哀想になりました。
損するのは彼だからです。
東電が発表し、枝野と政府が認可したピーク時に料金が跳ね上がる
新料金プランを、東ちずる嬢は
「家にいなければならないお年寄りや障碍者に不利(筆者要約)」
と批判します。あぁここでイラッとします。
これは料金プランのひとつであり、客が選ぶものであり、強制
するものではありません。ましてや、脱原発派の研究所の所長や
元官僚など、大阪維新の会と関係の深い識者が関西電力の需給
見通しに対して
「足りないのはピーク時だけ。そこを抑制すれば原発は不要」
と主張し、これには肯定的意見を述べていたのが「モーニング
バード」という番組です。ならば東電の「提案」も評価すべき
でしょう。
東電が提出して枝野と政府が認可した再建プランには原発の
再稼働ありきなので、議論が混在していることへの批判は当然と
しても、あらたな動きのすべてを否定するのは「イジメ」と
同じ構図です。
と、怒り心頭に発しながら番組を見ていると、コメンテーター
の質問に「それにつきましては」と、東電の役員がフリップを
差し替えます。そのとき、「モーニングバード」が
「ジャパネットたかた」
に見えました。
東電イジメもシナリオ通り。料金批判も予定通り。
羽鳥慎一を筆頭にコメンテーターが糾弾するのは思惑通り。
予定調和の台本通り。
つまりは「ガス抜き」です。東電の役員ひとりを生け贄に
差し出して、公開リンチにかけることで、
「そこまでしなくても」
という健全な市民感覚に働きかけるプロパガンダということ
です。だから、なまじっかの正義感でオジサンを糾弾した
羽鳥慎一さんだけ損をし、可哀想だと。元会社員のアナウンサー
としてはディレクターの指示通りになるのは仕方がないのかも
しれません。その点、海千山千の世界を生き抜いた芸人の
恵俊彰さんは、ここら辺のバランス感覚はさすがといえるでしょう。
さて、東電の役員。あしたはどの番組に出て頭を下げるので
しょうか。最後は番組中に倒れでもすれば同情票が上積みされ
完璧です。
そしていま東電批判に視線が集まり得をするのが、文中度々
敬称を節電した枝野経産大臣を筆頭とする政府と霞ヶ関の
お役人です。
そもそも論に戻ります。
「東電を破綻処理しなかったのは政府」
です。最初は菅直人。この時の官房長官は枝野。そして
いまの野田首相は何もしていませんが、破綻処理させなかった
共犯者を所管大臣に置いたのは野田で、ならば共謀共同正犯と
いうより現在の「首謀者」でしょう。
大きく分けて東電批判は「原発」「料金」「体質」でしょうか。
そして通底するのが「説明不足」であり、それをより求める
ベースには事故直後からの「不信感」です。不信感を得るに足る
行動を繰り返してきたのも事実です。
語弊を怖れずに言えば「犯罪者」であり「容疑者」で、国民
は東電を信用していません。その東電を娑婆に置いているのは
枝野であり野田であり政府です。
いいですか。いまだに「東京電力」の「株」は上場されており
自由に売買されています。再建計画の認可を受けた直後は、株価
が跳ね上がっていました。
いいですか。「株主」とは出資に応じた責任を取るものです。
わたしがライブドアに投資して、紙くずしか残らなかったのも
投資者の責任です。
いいですか。東電の株主は株主責任をとっていなのです。
株主は弱者じゃありません。リスクマネーを選択した一種の
ギャンブラーです。馬券が外れて、保証されては賭場が成立し
なくなります。
いいですか。東電を破綻しないというのはそういうことです。
そしてこれが関西電力にも波及します。
今週のWeb担当者Forumの原稿でも触れましたが、関西圏は
いよいよ計画停電が現実味を帯びてきました。これに対して
東電と同じく「説明不足」や「情報を小出しにしている」と
批判が向けられています。
関西電力にとって模範は東電です。すると彼らがこう考える
ことでしょう。
「電力会社は何が起きても潰されない」
すでにモラルハザードは起きているのです。関西電力だけで
はなく、すべての電力会社が同じことを考えているでしょう。
かつて金融危機の時にも同じことが言われました。ちなみに
東電が破綻すると、株主であり貸し主である大手金融機関に
波及するのでつぶせないというのは論外。
「銀行への資本注入」
をみてきた私たちにその説明は通じません。東電の破綻で
金融不安を招くなら、それへの対応策は我が国にはすでに経験
とともに用意できています。
東電の破綻処理とは、一社のことだけではなく、日本の電気
政策の根幹に関わることで、破綻処理できない限り発想電分離
どころか脱原発でさえ不可能でしょう。なぜなら
「潰されない」
のです。嘘を重ねても、情報を隠しても、言を左右にしても
潰されないのなら、最後まで自分たちに有利な条件を引き出そ
うと工作するのは自明です。いや「組織防衛」から考えれば
真っ当な戦略です。圧倒的不利な局面でも逃げ回れば、誰かが
助けてくれ、失敗しても見逃されるのですから。
それではどうして東電を破綻処理しないのかと言えば民主党
の支持母体が労組であり、東電を破綻させるということは、
引いては他の電力会社にまで波及する「前例」をつくることで
あり、それは即ち、日本全国津々浦々に存在する
「官僚の天下り先」
の消滅を意味するからです。
先の「モーニングバード」で羽鳥慎一さんは、もともとの
東電の料金設計に疑問を投げていました。総括原価方式により
過大な資産がを積みますことで利益を嵩上げでき、その結果
料金が高止まっていたのではないかということです。
なるほど。ならば問います。
「テレビ局が支払っている電波利用料は適切ですか」
民間放送は「無料」という建前ですが、スポンサーを経由
して料金を徴収しており、なにより在京キー局の社員の
年収が高いのは知れたことです。
放送免許という既得権を安く利用しながら、莫大な事業収
入を上げ、子会社をやたらつくり、本社からあぶれた社員を
引き取らせ、不祥事がおきても見かけの反省でお茶を濁し、
充分な待遇と福利厚生を与えているのは、どこかの東京電力
と同じです。
だから先の質問にわたしはこういうのです。
「よくいうよ」
東電という「破綻企業」の大株主はすでに「政府」です。
批判すべきを批判せずに、国民の目を欺く所業を「プロパガンダ」
と呼びます。
関連ニュース
- 【主張】関西の電力不足 危機の全国連鎖が心配だ(03:25)
いまどきの若者はすぐに会社を辞める。とは、30年以上前から
いわれてきたことで、いまどきと区切るなら、割合が年々増加してい
るということにくわえて、「すぐ」の定義がより短くなっているとい
うことでしょう。ちなみに入社してから半年以内に辞める社員が増え
たとは、バブル絶頂の20年前にもいわれていたことです。
ただ、転職を繰り返した・・・というかフリーターになっていた
身からすれば、安易に転職を決断するよりも、どうせ辞めると決断
したなら
「ひとり春闘」
をオススメします。特に年齢が若ければ若いほど。
まず、自分の評価を知ることができます。そして評価を通じて
会社が求めているものに気がつきます。これは、その後、会社員
を続けていくうえにおいても、独立して会社を興すにしても
役立つ視点です。
■Web担当者Forum 現場の心得 第262回
転職の前のひとり春闘。現場だからこそ積める実戦経験
http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2012/05/09/12673
利息も返済もいらないお金を貰ったとしたらどうします?
そんな夢のような話しが「株式公開」です。
株を買った出資者には発言権が与えられますが、株主を丸め込めば
あとは使い放題です。
そんないい加減な訳がない。いや、いい加減です。
上場とは将来性のありそうな企業をみつけ、そこに出資者が財布の
紐を解く数字を設定して、そこに「信憑性」があれば認められるもの
で企業の実力とは実のところ連動していないからです。
主幹証券会社の実力次第ともいわれています。
で、表題のFacebook。ここも業績から言えば過大な評価。
にもかかわらず大騒ぎするのはこうです。
「バブルは儲かる」
損するのはいつも素人で、舞台裏の演出家はしっかりと利益を
確定してから手を引きます。Facebook銘柄は自己責任で。
■マイナビニュース
Facebookと1日3食2,600万年分の牛鍋丼が警告する「上場0.2」
http://news.mynavi.jp/column/itshacho/162/index.html
小沢一郎さんの復党をめぐる動きで、参議院自民党の山本一太
氏が昨日お昼のワイドショーでコメントしていました。残念、ここ
はこうすべきでしょう。
「それは民主党さんの倫理の問題ですからコメントできません」
と。週刊ポストなどは小沢一郎さんの「無罪」をことさら強調
していますが、国民の・・・と代弁するのもなんなので、わたしが
率直に感じるのは「倫理の問題」です。
「元秘書三人が有罪になった道義的責任」
と
「4億円のでどころ」
の2点。前者は道義的責任で「法」で縛るものではありません。
形式犯という主張もありますが、上場企業において元経理責任者
三人が、それぞれ書類上のミスを税務署に指摘されたとしたら
修正申告すれば済むという問題ではなくなります。
株式市場とは公で許された博打であり、賭場は常に公平でなけ
ればなりません。そのなかで決算書類とは競馬における馬体重や
調整記録同様に、投資の重要な材料となります。それを間違える
経理責任者を何人も雇っていたとなれば、任命者責任どころか
「(脱税や粉飾といった)悪意があった」
とみるのが一般的です。
それをもって「社長解任」となるかは「株主」が判断すること
ですが、少なくとも「事情説明」や「釈明会見」は倫理上、不可
欠ですし「再発防止策」の発表は回避できません。上場とは効率
よく他人のお金を集めるための仕組みですからそのぶん高い倫理
観が求められるのです。
国会議員事務所の実態は「中小企業」と同じ、という声も聞き
ますし、実態はそうだという話しも聞いています。しかし、それ
は組織形態のはなしであって、他人の・・・いや、国民のお金を、
それも少なくない額を毎年もらって運営している国会議員が、
町工場のオヤジと同じ倫理観でよいとはわたしは考えません。
小選挙区において狭義の株主は選挙区住民ですが、国会議員の
株主はすべての国民・・・のはずです。
だから、有罪判決をうけた秘書を三人もつかっていたことに
ついて説明を求めがあってしかるべき・・・というのががわたし
の倫理観です。もちろん、倫理が異なれば結論も異なります。
「説明する必要がない」
というのなら、そういう倫理観の告白であり、それを見逃す
民主党も同レベルだということです。
これは文化の違いとも言え、朝鮮半島のかたがお茶碗持たず
片膝をついて食事をしていたからと注意できないように(彼の国
のマナーで、逆にお茶碗を持つ方がマナー知らずとなります)、
そういう人たちの集まりだという告白なのでしょう。
それを積極的に応援する「週刊ポスト」も同じです。良い悪い
ではなく、好みや価値観の違いで、好むなら買えば良く、嫌う
なら立ち読みすらしなければよいだけのことです。
政治も同じです。少なくとも、わたしと専務(妻)は、使用者
としての説明責任はあると考えますが、そう考えない小沢氏と
民主党ということ。
そしてもうひとつの「四億円」にしても同じ。
小沢一郎さんが語る出所は、捜査過程で二転三転したとされま
す。裏献金を主張する説と、政党助成金を着服したのだろうとい
う説があり、両者を故意に混同させ「陰謀説」を唱える人もいます。
どれでも結構。
ご本人は「遺産と印税、それと貯金(筆者要約)」と主張。
ならばそれを国民に説明すべきでしょう。小沢一郎さんに優しい
「ニコニコ動画」
で語っても、それはネットユーザー向け。しかも、厳しい質疑
応答がなければ「スピーチ」と同じ。
プライベートなこと。というでしょうか。でも4億円です。
うっかり間違えるプライベートな400円とは桁が違います。
印税については御著書の「日本改造計画」が72万部を越える
大ベストセラーとなっています。定価1500円で、一般的な
著者の印税率の10%を適用すると一冊当たり150円。で、
その他の著書をこまかく計算するのが面倒なので、仮にこの著書
を100万部売れたとすると印税収入が1億5千万円となります。
これに税金がかかりますが、細かい話しは脇に置いてのこり
2億5千万円。すると残る原資は遺産と議員歳費(貯金)を
コツコツ貯めたお金となります。
まぁわが足立区の東京13区に民主党から出馬して、追い風
だけで当選し、小沢一郎さんに引き立てられたにも拘わらず、
菅直人(くず野郎)に尻尾を振り、昨日、民主党に離党が認め
られた「平山たいろう」氏などは、当選直後から不倫スキャンダ
ルで注目を集めた以降はこれといってパッとしない議員生活の
なかで、資産報告書を見るとしっかり「蓄財」しているのです
から、大物である小沢一郎さんが貯め込んだとしても無理からぬ
ことです。
で、つまりは「政治家は儲かる」ということです。
裏金がなく、リベートがないとしても「儲かる」ことを
証明したのが小沢一郎という政治家の歴史的役割とわたしは
評価しています。
違うよ。御尊父からの引き継いだ遺産だよ。
というのは論外。御尊父も政治屋、コホン政治家です。大臣
まで勤めた大物です。つまり、御尊父である小沢佐重喜氏も
「儲かっていた」という告白です。
政治家が儲かることを倫理的にどう見るかは評価の分かれる
ところであり、充分な功績を残したのなら、それに見合う報酬
を得たとして、すなわち悪いとはいいませんし、そこが問題で
はありません。
というより、印税と遺産、そして議員生活で積み上げた四億円
なら
「すべて書面で証明できる金」
となり、なぜ説明を拒み、証人喚問を逃れようとしているの
かの合理的理由がなくなります。
先のベストセラーは「講談社」。まさか、印税の支払い記録が
ないとはないでしょう。億単位の遺産なら相続性が発生しており
納税記録を洗うなり、不動産の名義変更の記録といった「書面」
ですべて証明できるのですから。
しかし、まぁそれすら拒むという倫理観の小沢一郎さんに
それを許す民主党の倫理観をどう判断するかは皆さん次第。
検察やマスコミの陰謀ではなく倫理観が試されている問題です。
で、倫理観を脇に置けば「証人喚問」を小沢一郎さんが受ける
可能性はゼロ。
仮に遺産と印税が本当ならば、まったく問題がありませんが、
わずかでも「後ろめたい金」があったとしたら、例え「相続税逃
れ」が時効であっても、裏金も時効になっていても、証人喚問の
席でその事実を語れば、道義的責任が問われることは必至ですし、
否定すれば「偽証罪」が発生します。
そんな昔のことをとは、いいますまい。小泉純一郎政権時代
30年以上前の年金記録をほじくりだし、追究していたのは、
いまの副大臣です。
いま思えば小泉純ちゃんもそうとう無茶苦茶な答弁をしてい
ましたが、国会の場で受けて立っていたのは懐かしい光景で、
仮に自民党政権で身内に小沢一郎さんがいて、いまのような
態度なら集中砲火どころか、連日連夜の人権侵害級の報道が
繰り返されていたことでしょう。陰謀どころの騒ぎじゃあり
ません。
でも、いまは民主党政権。都合の悪いことには口を閉ざし
目を逸らし、記録も取らず、なかったことにするのが信条。
そして小沢一郎さんは明日にも、その民主党の党員資格が
回復します。ならば「信条」に沿った行動を取るのが
「民主党議員」
として当然の振る舞いです。さらに消費税増税に関しても
読売新聞などが、増税反対なら党を出ろと主張していますが
それは
「民主党の党是」
に反するというもの。ルーピーとペテン師をみるまでもなく
自分の思ったことをやりたいようにやって良いのが民主党なの
ですから。
だいいち、ドジョウの「増税」だって、彼のやりたいこと
であって、いま優先すべきは復興であり、さらに喫緊の課題は
電力確保にも拘わらず「増税」に政治生命を懸けるのですから
なにをかいわんやです。
つまり、小沢一郎さんの行動は「The 民主党」なのです。
関連ニュース
- 【主張】小沢氏処分解除 民主党に公党の資格なし(05/09 03:07)
実に日本人的です。「英語公用語化」。
グローバル化に対応するために母国語を捨てるなんざぁ欧米人には
思いもつかない発想です。
英語公用語化を掲げる会社の主戦場が日本というところがギャグ
にしか見えません。
英語ができても語る中身がなければ、誰にも相手になどされません。
また、欧米で相手にされないのは言葉の違いではなく「魅力」の
問題です。
あまり短絡的にアニメや漫画を持ち出したくはないのですが、
「魅力」があれば、欧米人が日本語を覚えることを教えてくれます。
■マイナビニュース
英語公用語とは実に日本人らしい決断である「公用語0.2」
http://news.mynavi.jp/column/itshacho/161/index.html
難題でした。とてもアメリカ人的な発想で、これを日本の会社員に
当てはめるには違和感のあることばかりでした。
とくに理解を深めるには、前後を行き交いながらそれぞれを結び
つけていかなければならず、通読しただけでは
「わかったつもり」
が限界でしょう。そして本当にアメリカ人らしいのが
「大風呂敷を広げる」
ところです。のちに軌道修正を始めるのですが、言い切る姿に
圧倒されてしまいます。
で2度ほど読んで、気がついたのが今回のカスタマイズの要諦。
「SNS」
です。実にアメリカ人的なネットサービスで、オープンマインド
とともに、「自己責任」の原則が貫かれています。
そこから「七つの習慣」を用いることで「SNS」を使いこなす
基本姿勢が構築できることを見つけます。
月商3万円から生還した社長の「人気ビジネス書 実践カスタマイズ」
■ソーシャルメディアを良い習慣に変える『7つの習慣』(1)
http://news.mynavi.jp/column/businessbook/005/index.html
自動車事故が相次いでいます。ゴールデンウィーク前は通学する
児童への事故も相次ぎました。エキセントリックな報道が続く中で
言えないこと。
「むかしからあること」
もちろん、この“むかし”とは江戸時代ではなく昭和の、自動車
が普及してからのことです。
悲劇を容認するものではなく、伯母がダンプに引きずられ旅立ち
小学校2年生の夏休みの終わる1週間前、目の前で姉がライトバン
にはね飛ばされ5mほど「飛んだ」映像を脳裏に焼き付け、ついで
にわたしもガマガエルのようにダットサンに挽きつぶされた身とし
ては交通事故への忸怩たる思いがあります。
わが家は愚妹も跳ねられており、彼女は自転車が一回転して奇跡
的に軽い怪我ですみました。わたしも踏みつぶされたわりに鎖骨骨
折と後頭部の小さなハゲだけですんだのはラッキーでしたが、姉の
場合は1週間の意識不明で、意識が戻るかどうかは神のみぞ知る
状態でした。
そんな経験から後悔したのが、先週「自転車ネタ」を公開して
しまったことです。ゴールデンウィークも近いことから、移動手段
やサイクリングなどで自転車に触れる機会も多いことから、ネタと
したのですが、今回の「自動車ネタ」を優先していれば・・・ま
なにができたか分かりませんが、自己満足にはなったのではないか
と。
というわけで珍しく前置き短くネタにはいります。
ゴールデンウィーク前に自動車事故が増加するのは「経験則」と
して昭和時代から語られており、特にトラックドライバーなど、
日常的に運転する人のあいだでは知られていることです。
休みに浮かれ気もそぞろとなり、あるいは休みにはいる前の
納品に追われたりして、ついアクセルを踏み、無理をしてしまう
からです。そこでこんな標語が昭和からあります。
「注意一秒、ケガ一生」
至言です。一時停止を完全停止すると制動と始動の時間ロスは
数秒から10秒ぐらいになるかもしれません。しかし、事故を起
こせば小一時間は優に奪われ、人身事故ともなれば何時間、何日
なくしてしまうかわかりませんし、命に関われば一生ものです。
信号の変わり目の無理な進入も同じです。
そしてどれだけ注意に注意を重ねても事故は起きるものです。
悲劇の連続に「事故は防げなかったか」「再発防止は」という
お為ごかしな「正論風」を振りかざす識者に断言します。
「無理」
と。完全に通学児童の交通事故を「撲滅」するなら、各家庭と
学校を直結する地下道を掘るか、核兵器の直撃にも耐えられる
ほどの装甲車をスクールバスにした上で「ドアトゥドア」に
するしかありません。
あるいは逆転の発想で、すべての公立小中学校をネット回線を
利用した「テレビ電話授業」にするのもありでしょう。子供を
鳥かごの中に入れておけば、外敵からは守ることができます。
姉も妹も同じ交差点で事故に遭いましたが、どちらも横断歩道
を渡ってのことです。愚妹は自転車に乗っていたのでいまの自転
車をめぐる風潮からみれば横断歩道を渡る資格はありませんでし
たが、姉は天下御免の徒歩児童で、見通しの良い直線道路で2〜
300m先から直進してきたライトバンに跳ねられたのです。
わが家においての教訓は「道路は危険な場所」ということ。
というより、昭和時代は当たり前のことでした。
仮に歩道の内側、ガードレールがあったとしても、自動車の
挙動には神経を払うように指導されたものです。
度重なった悲劇に「集団登校」を問題視する声もありますが、
これも論外です。児童が密集していたから、悲劇が拡大したと
いう面は否定できませんが、その言葉の裏には、ばらけていれば
「ひとりの死亡で済んだ」
という残酷な告白があり、問題の本質ではありません。
集団登校とは「多くの目」による相互防衛の意味があるのです。
高学年からリーダーが選ばれ、同学年かそれに次ぐ学年の
サブリーダーとともに、集団の前後に配置され、低学年の児童
ほど中心に配置し、前後から近づく、大人や自転車に声を発し
て、集団をよけさせます。
そのため集団登校中は私語厳禁でした。もちろんそれで口を
閉ざす小学生男子はいないわけですが、道路という危険な場所
であり公の場所で、注意を払い大騒ぎをしないことを自然と学
ぶ機会が集団登校にはあるのです。
個別事例をここで紐解くことはいたしません。しかし、こう
した昭和時代の教訓も活かされた上での悲劇だったのかという
検証が待たれるのです。ドライバーの過失やうっかり、さらに
無免許など言語道断で殺人罪の適用を検討しても良いと考えま
すが、同時に本当に再発防止を願うのなら、我が身は我が守る
という概念こそ、安全教育において不可欠なのです。そして
集団的自衛の観点から「集団登校」を指導しなければなりませ
ん。
ここらは平和憲法を信じていれば、隣国が攻めてこないとい
う日教組的幻想教育が落とした悲劇というと、坊主にくけりゃ
なんとやらでしょうか。
小学1年生などに我が身を守れとは酷。その通り、だから
「集団登校」でお兄さんやお姉さん(どちらも高学年の小学生)
が目を光らせるのです。少子化により、多層な学年の小学生の
組み合わせが不可能ならば、保護者や地域ボランティアの導入
を検討するのもひととです。
そして集団登校の是非を論じる人は、
「外は危険」
という大原則を置き去りにしています。
水と安全はタダの国はとは比喩表現で、水道料金を徴収される
ように、安全を得るためには多少のコスト・・・それは注意を払う
交通ルールを守るといった基本ではありますが・・・が必要なの
です。
ここまでは「自衛」の話し。
で、そもそも論に移ります。
無免許運転は論外とはいえ、ゴールデンウィーク直前に立て続
けにおこった通学児童への殺人級の運転ミスのドライバーは二十歳
そこそこでした。
さらに一部報道によれば防音壁につっこんだ貸し切りバスの
事件の犯人は43才とのことですが、大型2種を取得したのは
3年前とありました。
例示するのはわずか3件で、そこから導き出される結論は
暴論に思えるでしょうが、これが結論です。
「事件の背景に自動車教習所の指導レベル低化がある」
愚妹が免許を取ったときの話しです。運転歴20年を越える
わたしがマイカーに「仮免許練習中」の紙を貼り、愚妹の練習
に付き合いました。有り体にいえば「ど下手」。これでよく
「仮免許」がとれたものと呆れたものです。
そしてすんなり「卒業」。そのとき教官はこういったそうです。
「外にでてからしっかりと練習してください」
なんじゃそりゃ。実際、妹が教習中に教習所を覗いたことが
ありますが、カーブを曲がりきれず壁にぶつかりそうだった
クルマがそのまま「路上教習」にでていくのです。
わたしが免許を取得した昭和時代なら、仮免を持っていても
「再講習」を命じられたレベルで路上に出て、卒業検定を通過
します。
低レベル化の理由は少子化とマイカー離れです。
少子化により絶対的なパイが縮小しました。そこにエコと
デフレと草食化のトリプルパンチです。排気ガスからエコが
デフレによる所得減少、草食化により
「クルマでナンパ」
がなくなり、おまけを言えば
「保険証が身分証」
個人単位で発行されるようになり、免許の身分証としての
価値が希薄になったことも些少の理由でしょう。
つまり、圧倒的な客不足の中で、昭和時代のような
「鬼教官」
では客がつかず、カルチャーセンター化したのです。
そして極めつけはこれ。
「定額制」
なんかい教習に落ちても、追加料金不要の教習所が増えま
した。一回落ちる度に3〜4千円の追加費用が発生し、
仮免と卒業検定の場合は、検定費用に追加講習と万単位で
お金が消えた昭和時代の必至さはそこにありません。単位を
落として失うのは時間だけです。
すると教習所側はどう考えるでしょうか。
厳しく指導して、何回でも落第させて、立派なドライバー
として世に出そうとするでしょうか。
仮に教官がそう考えても経営者は別のことを指示します。
「とにかく(合格の)判子を押せ」
ギリギリアウトならおまけでセーフとし、危険運転でなけ
れば「外で練習してね」と卒業させることでしょう。だって
いてもらっても金にならないのですから。
つまり、
「真面目に指導すればするほど損をする仕組み」
を自ら構築し、また、客もそれを支持しているのです。
以前、自動車教習所に取材をすると、受講者の8割以上が
「定額制」
を採用するそうです。いうなれば
「ゆとり免許世代」
教習を落としても金銭的ロスがなく、教習所としても
お客様としてうやうやしく接し、採点基準も甘く卒業させる。
もちろん「個人差」はありますが、ここ数件の事件に
共通する
「ブレーキ痕がない速度超過による事故」
をみるに、愚妹の件と自動車教習所への取材を通して
自動車教習所の指導品質にフォーカスすべき時期にきて
いるという結論に辿り着きます。
簡単に取得できるから、安易な違反をするのではないか。
安易な違反を繰り返すうちに、法令遵守の精神は崩壊し、
自動車が凶器であることを忘れてしまう。
で、なんでも規制するのは好みではないので提案です。
「自動車免許更新時にペーパーテストと技能検定導入」
ペーパーテストは法令遵守を植え付けるためと、法改正の
周知徹底で、昭和の末期にはなかった
「後部座席のシートベルト着用」
などを確認する意味合いと、あやふやになりがちな
道交法を再確認させ、あまりにも交通法規を忘れている
ドライバーはこうします。
「教習所での規定時間の講習、または試験場での試験」
を義務づけるのです。
そして「技能検定」はシミュレーターで行います。この
開発はゲーム会社も含めて競争入札にすれば民需が刺激さ
れることでしょう。もちろん「実際の道路」を再現した
コースを走行して、右左折はもちろん、その際の視線の
動きをトレースして、巻き込み確認や安全確認、当然、
進路変更の30m、あるいは3秒前での方向指示器の
点灯なども記録し、A〜Eまでの5段階で評定します。
その結果、適切な技能と安全確認がしっかりなされた
AとBは、無条件に免許を再発行し、かつA評定のドライバー
は「グッドドライバー」として、公共駐車場の割引サービス
などを受けられるようにします。
つづいて運転には問題がないが、安全確認などに若干の
怪しさが伴うばあいはC評価とし、免許の有効期限は
ゴールドドライバーでも3年とします。
そしてDの有効期限は1年。いわば「執行猶予」です。
最後のEは10時間以上の「再講習」か、試験場での
試験を義務づけます。
この制度により教習所は一定数の実入りが期待できます。
と、同時に安全指導の厳格化が期待でき、さらに再講習を
受けてもドライバーの安全技能の上達実績の乏しい教習所へ
行政指導できるようにもしておきます。もちろん、その結果
はすべて公開し、警察OBの天下りによる恣意的な運用を
なくすのは当然ですが。
免許制度についてはまだまだ言い尽くせないのですが、
ひとつだけ言えることは
「事故を起こすか、取締の網にかかるまでペナルティを
受けない仕組み」
で良いのかということです。
もちろん、すべてを自己責任と言い切る覚悟が国民にある
のならすべては余計なお世話の提案です。しかし、事故の被害は
なんら非がなくても被るもので、それを仕方がないと言い切れな
いところも我が国 国民の長所でもあり、ならばその理不尽の芽を
摘み取るための提案です。
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