で、食べログネタ・・・というか、クチコミは不正の温床です。
たぶん、Web業界の誰もいいません。
理由はみっつ。
ひとつは「性善説」にたっていること。すなわち不正が悪いので
あって、クチコミは間違っていないというタワゴト。学級会じゃない
のですから悪用される前提で、どうすべきかを論じるのが大人の所作。
ところが、日本のWeb業界は綺麗なところしか喧伝しません。
つぎはこれ、「加担している」という後ろめたさ。
誰とはいいません。やっていない方もいます。そしてやっている
方も少なからずいます。Web業界の著名人が「ギャラ」をもらって
シンポジウムやセミナーで、特定のサービスやトレンドを持ち上げる
ことは日常茶飯事。もちろん、厳密に言えば「やらせ」ではありませ
ん。
しかし、「微妙だな」と思うものまで持ち上げた経験があれば、
「やらせクチコミ」を一方的に批判できない・・・いや、棚上げす
ればよいのですが、先の「性善説」が立ちふさがるのです。
最後に「庶民を敵に回したくない」。いわゆるオーディエンス、
あるいは閲覧者、客、つまり「やらせクチコミ」をしているものの
多くは「一般人」だからです。これについては、次回に詳しく。
そう連作です。いや、本当にこのカラクリを書き出せば、本一冊
は余裕です。
ただし、本稿ですら批判を避けるために「校閲」がはいったので
この連載では無理でしょうね。ま、それは「言えないこと」で
いずれ。
■Web担当者Forum 現場の心得 第248回
クチコミの不正をマーケティングと呼ぶ世界
http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2012/01/25/11993
関連ニュース
- 食べログのやらせ問題 法規制難しいネット口コミ(01/17 18:28)
以前に、Web担当者Forumで「潜入ルポ」としました地方自治体の
セミナーに潜入しての追加取材ネタです。
実際問題、SEOは変わらない根本部分と、小手先のトレンド部分が
あり、後者はコロコロ変わります。そして後者の方が、声高に叫ばれ
るのはそれが「目新しい」から。
先んずれば人を制す・・・というか、ズルが見つかる前に、
利益を得ようとするあさま・・・機敏さで、特にコンサルタントや
エバンジェリストなど、あるいは「ITジャーナリスト」を名乗る
連中がこういう心境で喧伝します。
「おれ、新しいことしってるぜ!」
心根は小学生男子のまま、まさしく「永遠のベータ版」。
未完製品の連中が声高に叫び、それが世論のように振る舞うのが
日本のWeb業界。で、本稿のような徒花がそこかしこに咲き乱れます。
ちなみにSEOの根本部分は、シンプルな構造にコンテンツ。
これだけで相当のSEOを実現できます。
■マイコミジャーナル
業者が泣いて喜ぶ「オジン級のSEO 0.2」
http://news.mynavi.jp/column/itshacho/147/index.html
テレビや新聞といった大メディアに負けず劣らず、Web
メディアであっても、商業版には「校閲」がはいり、断定の難しい
ものについては訂正がはいります。
また、肯定派と否定派がいれば、「両論併記」は避けられず、
そのなかでの些少の配慮があり、いずれ取り上げますが、反原発
タレントやそのシンパが大騒ぎする「言論弾圧」の根本はそこに
あり、わたしの解釈は「大人の所作」です。
その結果、読者の理解を得にくい部分、誤解を生むような箇所は
削られ丸められます。
週刊誌の場合は「キメうち」をすることもありますし、「書籍」
なら「著者の主張」という立場から過激なことも言えますが、
いかんせん、これが商業メディアというものです。
ただし、だからといって発言を丸める必要もなく、あるいは
数多の「ITジャーナリスト」のように、企業に尻尾を振らなけ
れば発言ができないとするなら、ITジャーナリストの名折れです。
だって「Web」があるのですから。
メルマガ、ブログ、ホームページでも「情報発信」はできます。
そして伝えなければならない事実があれば、それ以上の理由は
不要です。
というわけで「ステルスマーケティング」について。
実は後述するように「断定」が難しいのです。
各種連載でもちょろちょろ触れていますが、ステルスマーケティング
とは、利益供与の事実を隠し、利益該当者であることを伏せた状態
で商品やサービスを推奨する平たくいえば「やらせ」や「さくら」
です。
マーケティング=販促とすればおこがましいのですが、はっきり
いいます。インターネットの世界は不正だらけです。そこに
綺麗な言葉や、目新しい言葉を設置して事実を謀ります。
いわゆる「食べログ」の不正投稿で脚光(?)を浴びた
ステルスマーケティング=ステマ。こうした略称で悪名を誤魔化す
のもWeb業界の悪弊。
食べログのように「クチコミ」サイトだけではありません。
昨日のNack5「夕焼けシャトル」でもコメントしたことですが、
ステマが爆発的に広まった最大の理由は「ブログ」です。
その理由は大きく分けてふたつです。まず、
「ブログ=日常をのぞき見」
という錯覚によります。もともとブログとは日記型掲示板から
派生したもの(技術的な反論はブログ普及期からありましたが
利用の実態においては系譜にあります)で、私的なつぶやきと
いう位置付けでした。
その特性を利用して「素の消費者の感想」を装った
「やらせブログ」
がその始まりです。もちろん、ブログ登場以前からありましたが
先のブログに対する認識の広まりと、ブログツールの普及が両輪と
なり爆発的に広まったのです。そのため「やらせブログ」を
「Flog = Fake Blog」
と呼びます。で・・・ね、これが「バイラルマーケティング」
として使われていたことは業界では周知の事実で、バイラルとは
なにかといえば「クチコミ」です。
つまり、クチコミとステマとは、生まれたときから両面を持つ
二重人格のような存在なのです。
「よいクチコミもある、やらせばかりじゃない」
という反論には答えません。だってあたりまえだから。世界が
100人の村だとして、すべてが悪人であることなどあり得ません。
同時に全員が善人であることもありません。
つまりクチコミも同じですが、Web業界は常に「性善説」に
立ち、良いクチコミの側からしかコメントを発しません。あるいは
健全化のために努力をと、まるでロードマップを描かない民主党の
成長戦略のように、あるいは野田首相の所信表明のように
「きれいごと」ばかりです。
本稿の目的はITジャーナリストとして「闇」にフォーカスし、
やらせクチコミを糾弾する難しさを炙り出すことにあります。
やらせブログは「著名人」に波及します。つまり、実態は
企業からギャラが発生し、商品提供を受けた事実を隠して
「このコスメ超オキニWWW」
とエントリーすることで、日常をのぞき見たと騙されたファン
は著名人に近づこうと店頭に走るというもの。また、ファンが
自身の「ブログ」で感想を書くことも期待でき、これが
「バイラルマーケティング」
となるということです。ブログが普及していなければ、こう
した「波及効果」は期待できなかったことでしょう。
そして「ブログ」の普及によりステマが広まった
もう一つの理由を端的に述べればこうです。
「さくら要員の爆発的増加」
だれもが気軽に情報発信できる「ブログ」の登場により
だれでも「やらせ」を演じ、「さくら」になることができる
ようになったことです。
経済的動機としては「アフェリエイト(ドロップシッピング)」
や「ポイント」です。
アフェリエイトは商品を紹介することで、一定の利益を得るも
ので、大半は売買成立時にフィーが発生します。つまり商品を
誉めた方が利益に繋がりやすいというのが「やらせ」をし、
「さくら」に変身する最大の理由です。
次のポイントですが、レビューを書いたり、アンケートに
答えたりするとポイントを貰えるサービスが多種多様にあり
ます。貰えるポイントは微々たるもので、最大でも500円に
なるかどうかというのが大半です。
ここで経済合理性を計算します。500円のために、電車に
乗り1000円のランチを食べて帰宅してからレビューを書く
のと、
「店のホームページや他のレビューを“参考”に作文する」
ならどちらが「得」かと。善良な市民の犯罪意識とは得られる
報酬と実現にかかる手間により上下します。
簡単にいえば500円ぐらいのものに重大な犯意を感じず、
リビングでキーボードを叩くだけの行為が大層な罪となるわけ
がないという独善的な解釈です。
そしてこうした「さくら」を利用する業者により「食べログ」
の不正投稿がおこりました。
ステルスマーケティング=ステマとは「やらせ」であり
「さくら」を使った不正な販促手法である・・・と、欧米諸国
では認識され、英国と米国では罰則まで用意されています。
我が国では消費者庁によるガイドラインで、これがザル法。
ステマは取り締まることができません。
日本のWeb業界としては「利益供与の実態」について
公表するように呼びかけていますが、実際の規制は困難です。
まず、消費者庁のガイドラインでステマを取り締まることが
困難であることは、「旨い」「素敵」といった「主観」を
取り締まるには、「思想信条の自由」や「表現の自由」が
立ちふさがるからです。欧米が法整備をできた背景には
「契約社会」ということもあるでしょう。「口約束」でも
ビジネスが動き出す日本との違いです。
ステマでの「著名人のやらせ」を本当に糾弾するとするなら
「お友達」
をどう規制するかにも繋がります。よく、耳にしませんか?
「お友達がやっているブランド」
「知り合いが手がけたジュエリー」
・・・友達とはなんぞや? メロスを信じて命を捧げた
セリヌンティウスなのか、パーティでメールアドレスを交換
しただけの人間なのか、ときに衣装提供をしてくれる洋服屋
さんまで含めるのか。
ステマの定義において「衣装提供」はアウトです。しかし、
「お友達がくれた」
と告白すれば「利益供与の事実」を公開しているので
セーフとなります。
ここで紹介した事例の著名人は芸能人をイメージしましたが
Web業界でもまったく同じです。
Web業界の著名人のブログにはやたら「友達」や「知人」が
登場することは珍しくありません。単なる人脈自慢もあれば
こんな記述もあります。
「知人が始めた画期的なネットサービスに注目している」
「友達の××さんのサイトが面白くてはまった」
個人攻撃が目的ではないので名前は伏せますが、「はまった」
はずのサイトの記述が、その後のブログででてこないことなど
いつものことです。
Web業界の「友達」について、直接的な利益供与はあまり
多くないようで、「つながり」を維持する「おつきあい」
という意味合いが強いようですが、己の利益のためという広義
においてはステマと同じです。
またシンポジウムやセミナーに呼ばれるゲストやパネリストには
大抵ギャラが発生します。そして繰り返し呼ばれるには主催者が
望む回答をするのは当然のことです。
冒頭での指摘と重なりますが、シンポジウムは書籍ではなく
持論を展開する場所ではありません。特にWeb業界のそれに
は「協賛スポンサー」がついているもので、そこでは
「期待されている答え」
があります。
もちろん、些少のギャラで尻尾を振るような「有識者」は
いないことでしょうがというのはイヤミです。
Web業界には
「PR系ブロガー」
という存在もいます。その名の通り、PR系の記事を専門と
するブロガーです。これとステマの線引きを私は知りません。
そして「ITジャーナリスト」を自称する人も片棒を担ぎます。
ネットのトレンドをバラ色に染められたバージンロードが
約束する祝福された未来を指し示すと礼賛することこそが、
ジャーナリストといいう考えの人がいます。
彼らにとって、ネットを否定することは自身の存在価値を
疑うことであり、ゆえに、ネットの可能性にフォーカスし、
想定される闇の過小評価に余念がありません。
あるいは企業の「新着情報」を、そのまま読者に届けるのが
ITジャーナリストという考えもあります。彼らにとって、
企業のプレスリリースを受けとるのが、最初の仕事で、
広報担当者との人間関係こそが収入の源泉となるので、筆が
向かう方向は読者ではなく企業となります。
ジャーナリストの定義が異なるのかも知れません。
「批判精神という牙」
をもつものがジャーナリストを名乗る資格があると私は考え
ます。しかし、商業メディアで採用されやすいのは彼らです。
彼らもステマについて知っていたはずです。遅くなりましたが
ステマ自体は2004年頃から問題視されており、2005年に
は社会問題として報じられているからです。
しかし、ネットのネガティブ情報は流通しにくい構造に
なっております。つまり消極的にステマを助長した・・・とも
いえるのです。
ステマは「食べログ」にやらせ投稿をした不正業者だけの問題
ではないのです。企業、芸能界、すべての商業メディア、そして
Web業界が、みな己の利益に該当する部分のグレーゾーンに
片目をつぶっていることにより起こっています。
思想の自由は? 友達の定義は? 利益供与の範囲は?
「断定」という線引きができないことが、ステマの報道を・・・
商業報道を曖昧にしていますが、ここに焦点を当てない限り、
ステマの構造的問題に辿り着くことはできません。
関連ニュース
- ネット口コミ 消費者目線で人気のはずが…(01/25 09:58)
「学者議論」という言葉は、可能性や理論を振りかざすあまり
なにも結論がでないという意味です。
かつての昭和時代
「末は博士か大臣か」
とは誉め言葉でしたが、以前指摘したように大学進学率が急速に
高まったバブル崩壊以降、日本の国力は急速に衰退しており、博士
の増加が「ポスドク」という、行き場のない博士を大量生産し、
政権交代により「素人」が大臣をする時代になったということは、
いまでは「侮蔑」を意味するのでしょうね。
わたしは子ども時代、こう宣言したと、いまでも親戚のおばさまに
ちくりといわれます。
「東大にはいれんやったら、大学なんていかんちゃ(土佐弁風)」
そして宣言通り高卒です。
中学一年生で暴力に出会って、勉強の非力さを知ったことが
そのきっかけですが、
「勉強しない楽しみ」
をみつけてティーンエイジがそれに抗うことは困難です。
東大が「秋入学」をうちだし、幾つかの大学が賛同する方向に
なったと新聞が報じます。東大曰く「グローバル化」に乗り遅れる
というのですが、海外に・・・欧米諸国に時期を揃えたからと
留学生が増えるほど簡単なものではありません。
というかシンプルに述べれば、
「海を渡ってまで学びたい何か」
があれば、時期の問題など些末なことです。グローバル化に
ついては最後に東大へ「提言」を用意しております。
さて秋入学にあたり、「ギャップターム」が指摘されています。
もうこの時点でやる気が削がれるのですが、日本一の大学を
もって「日本語」で説明できないほど、この国の学力低下は深刻に
なっているということです。「空白期間」やtermが学期を表すと
するなら「空白学期」「待機学期」と造語しても良いところを英語で
逃げるところに、三流の広告屋なみの発想しかない貧困さ、この国の
大学制度の問題を映しています。
というわけで以下「ギャップターム」を使っている箇所には
(笑)がすべて省略されているという前提でお読みススメください。
東大は、受験は今まで通りに行い、入学時期を9月の秋にする
といいます。入学までの約半年と、4年後の卒業後の秋から冬に
かけてを「ギャップターム」として、入学前はボランティアや
海外留学にあて、卒業後については企業に協力を呼びかけています。
時系列に沿ってこの馬鹿げた議論を高卒のミヤワキが喝破します。
まず、入学前の半年間、いわゆる受験勉強で凝り固まった価値観
をほぐすように使って欲しい・・・と希望だけですべて理想的に
廻るのなら、民主党の誰一人、嘘つきと呼ばれることはなかった
でしょう。
ここで海外(欧米ね)の事例をもちだして、様々な経験を
するとさらっといいますが、欧米では長期の夏休みに
サマースクールや海外留学を小中高のうちに経験する習慣があり
長期休暇は別の学びの機会という文化が根付いています。
翻って我が国はどうでしょうか。
東大に合格した子どもに、さらに勉強しなさいと尻を叩ける親も
親戚も教師も少数派でしょう。
そして小学校の頃は「神童(町内会レベルですが)」と呼ばれた
わたしの経験則から断言できます。
「馬鹿になるのは1ヶ月で充分」
高校を卒業し、思春期のリビドーと若さ故の体力を持て余した
青少年に、半年間も勉強をしなくても良い時間与えて馬鹿になるな
というのは酷な話しです。
どうしても「秋入学」を実現したいのなら、この半年間は大学を
開放して「自主登校」を許すなど、みずからできるギャップターム
対策を大学側がとるべきでしょう。そうでなければ、せっかく詰め
込んだ知識を説かし流した半年後、秋に集う東大生の脳みそには
かけ算九九ぐらいしか残っていないかも知れません。
つぎに、入学後。
いまの議論が「四年制」を前提にしているのが論外。
なぜ、グローバル化に揃えるなら「飛び級」を推奨しないのか。
と、いう問いに自問自答したのは5秒後でした。答え、
「学費を一年損する」
だってそうでしょう。次に述べる就職についてに重なりますが、
秋入学、秋卒業として、3年間で大学を卒業できれば、他の四年生
大学と同じ条件です。逆に3年間で4年分の学びを実践できた
優秀な学生は引く手あまたですし、「卒業後」に半年間、インターン
やなにかで企業に貢献できるのですから企業が門前市を成すことで
しょう。
さらにいえば、いま四年制大学の就職活動は大学三年生の12月
からはじまり、早い学生は4年生になったころには内定をとり、
卒業までを遊びほうけます。つまり、
「大学の学びは3年間で充分。のこり1年は学費の集金のため」
ということです。
東大の提言に胡散臭さを感じた私の直感が叫びます。
「我が身のことしか考えていない」
で、最後に卒業後のギャップタームについて、企業側には
通年採用などで協力して欲しいと呼びかけます。これについては
半分賛成です。
というのは「春先の一括採用」が必要な理由は、企業の会計年度
というよりも「社畜の養成」にあるからです。社畜の言葉が悪ければ
こうでしょうか。
「企業文化を理解させるため」
大学入試という選抜システムを通過し、決められた就職協定を守る
善良な市民予備軍を、学校から企業への移行するにあたり、余計な
知識を吸収させる前に純粋培養するためには、外部の空気に触れさせ
ないほうが便利だからです。
どれだけ美辞麗句を並べても、経営者が望む社員の理想像は
「従順な羊」
なのです。だから一律の研修が難しくなる通年採用に移行すれば
従順な羊より、自分で餌をとってくるオオカミも必要となり、
自動的に経験者の中途採用などがいまよりも広がり、就職浪人する
より社会に出て研鑽を積むという選択肢が増えるのではないかとは
期待しています。
しかし、それより卒業後のギャップターム解決を呼びかけるなら
相手が違います。企業ではなく「国」や「地方自治体」にです。
企業が春に一括採用するのは先に述べた理由もありますが、
会計年度の頭なら、多少の景気の変動が「期首」ということから
帳簿の処理がしやすいのです。逆に通年採用、あるいは秋採用と
なれば、リーマン・ショックのような急激な景気の変動に、
「取りやめる」
選択肢を株主は求めるかもしれません。つまり、採用人員が
不安定になる可能性があるということです。一方、「役人」は
大丈夫です。一度確定した「予算」は、余程のことがない限り
執行されます。だから9月でも10月でも、粛々と採用されて
いきます。
逆に会計年度末とはじまりのバタバタしている時期に、公務員
は新人教育を考えることなく「実務」に専念できるので、より
効率的ではないでしょうか。
そもそも東大を筆頭に、国立大学は国家に貢献する人材を
育成するための機関だったので、本来の姿にもどるだけのこと
です。
もちろん、橋下大阪市長がぶちあげるように
「明治維新以降の大改革」
を目指しているのなら、この限りではありませんが、ならば
東大のありようそのものから問い直すべきでしょう。
つまり秋入学に高尚な理屈をつけようとしても、ご都合主義の
利益重視が透けて見えるのです。わたしが大学教授で、生徒が
「グローバル化に向けた戦略」
という課題で、こんなレポートを出してきたら、泣くまで
叱責することでしょう。
そして今回述べた、あたりまえのことを指摘しないメディアも
同罪、結局、学歴システムを堅持したいという本音があり、その
ためにはヒエラルキーの頂点にいる東大に弓を引かない方が
得策だという自己保身。
最後にお約束したように、グローバル化を目指す東大への提言です。
「アキバにもっとも近いユニバーシティ」
あるいは
「AKB48に徒歩で会いに行けるユニバーシティ」
として売り出すのです。
東大の本郷キャンパスは高台にあり、ここから南東に下れば
秋葉原。2キロちょっとありますが、学生なら歩けない距離では
ありません。
グローバル化で勝ち残るには、比類なき個性。
入学時期よりオタクのほうが国際競争力があります。圧倒的に。
関連ニュース
- 秋入学、一橋大など12校が「賛成」(01/21 08:35)
主題はドコモのSPモードについて。
結論は本稿に譲るとして、20世紀にプログラマをやっていたもの
として「隔世」の感があります。
よしにつけ悪しきにつけ。進化、進歩とは諸手を挙げて礼賛する
ものばかりではないのです。
ドコモのSPモードもそうですし、なによりそのSP(スマホ)が
利用者から奪う時間の多さはガラケーの比ではありません。
なにはともあれ、「性格の悪さ」を自負するのなら、あなたの
天職はプログラマかもしれません。
■Web担当者Forum 現場の心得 第247回
プログラマに向くのはイヤな奴。年末年始のトラブルに学ぶ世紀を超えた心得
http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2012/01/18/11760
事例と絡めてクチコミサイトの「旨味」について言及しています。
基本はグーグルと同じフリーライド。だから、こそ
「掲載情報の信頼性」
については充分な人的、金銭的資源を割り当てなければならないの
ですが、どうやら疎かだったようです。
■マイコミジャーナル
食べログの不正に見る「クチコミ0.2」
http://news.mynavi.jp/column/itshacho/146/index.html
語るに落ちるとは野田ドジョウ首相のことです。
もういい加減、政治以外のことを書きたいのですが。
ドジョウはいいました。
「野党に法案をつぶしたらどうなるのかを考えていただく」
もちろん、消費税の議論はこの国の行く末を照らすか暗くする
かの一大事で、次の選挙で与党に返り咲く(単独は不可能ですが)
である自民党が協力するのは当然のこと・・・とは、正論ですが
机上の空論でもあります。
というか、それを求めること自体が民主党の病巣というか
体質であり、当然のように報じる大マスコミが批判精神という
牙をなくした座敷犬の告白だワン。
まず、先の発言「民主党大会」。いわば、自民党のいない席上
で喧嘩をふっかけているということはいわずもがな。
「いや、議論を呼びかけている」
と思ったあなたはこの2年半ですっかり「民主党イズム」に
毒されています。仮にこの発言がルーピー鳩山やお遍路 菅なら
ば人間的未熟さと同欠落を優しい目で見逃してあげて、そう好意的
な解釈も成り立たなくもなくもない。が、発言者は
「民主党きっての演説の達人」
とは同党の参議院議員 大島九州男氏のブログにあった言葉で
就任以来、ドジョウを礼賛する冠として使われていました。
ということは「つぶしたら」というネガティブな単語のチョイス
には意図があると見るのが当然で「考えていただく」が「恫喝」に
あたるというのは明白。
どうせ喧嘩を売るなら所信表明なり、逆に自民党大会に乗り込ん
で発言する、あるいはそれこそ「将軍様死去」という国家危機にも
平然と新橋の街灯に「お出かけ」しようとしたように、街頭演説で
国民に問いかけるのならまだしも、民主党大会という
「お身内」
に威勢の良いこといっている内弁慶。
というか、正面切って議論を交わさず逃げ回り、身内の前では
喧嘩を売る人間と「信頼関係」を築けというのが無理な注文です。
ところがメディアと民主党の連中はこういいます。
「国民のために協力しろ」
野党が与党をチェックすることで、一党の暴走を抑えることが
できますし、なにより与党・民主党がしようとしていることが
国民のためにならなければ、あらん限りの手段を講じてブレーキ
をかけるのが野党の仕事で、かつての民主党が「活躍」したことが
なんどもあったことを私は評価しています。
あ、「ガソリン値下げ隊」ではないですよ。
そしてこの台詞を民主党の連中が語るときには見えない括弧が
頭についているのです。それを炙り出すとこうでてきます。
「(俺たちのいうことを丸呑みして)」
鳩山政権が誕生した直後の振る舞いを私はこう評しました。
「民主党であらずんば人に非ず」
当時から野田に替わっても「思想」はやはり同じでした。
それは
「敗者は勝者の足の裏を舐めろ」
といわんばかりの絶対服従、議論の拒否です。野田の言葉にも
溢れています。彼らのいう「協力」とは「同意」です。
「そんなことはない、話し合いに応じ、妥協すべき点は妥協している」
ほんと? 無策の結果、野党案を丸呑みした話しなら耳にしますが、
与野党合意で廃止したはずの「子ども手当」をしつこく、形を変え
て残っていると機関誌で宣伝したり、来年度予算に
「こどものための手当」
を盛り込んだりと、積み上げた小さな信頼を「缶蹴り」のように
崩すのはいつも民主党です。
そして菅直人(尊称すら略)のように頭ごなしに、しかも「電話」
で野党筆頭党首に「協力しろ」というような連中と胸襟を開いて
話などできないというのが、普通の感覚です。
ここでしつこく民主党を指摘する理由について。
もちろん「ダメ」だからですが、その「ダメ」さについて
「マスコミがいわない」からです。「言えない」というより彼らの
多くが政権交代が失敗だったと「総括」できていないことから
クビのすげ替えの野田によって、ひとつでも手柄を立て欲しいと
願っているからでしょう。マスコミの「アンチ自民党」は一般人の
常識以上です。
これは私見ですが、良いお家柄に育ち勉学優秀で一流大学を出て
一流企業に入社し社会正義の代弁者という慢心が政治の前では打ち
砕かれた挫折への復讐心と見ています。あとは左翼崩れも。
そしてその野田首相、と菅直人、ルーピー鳩山の時代から
「日本の未来」
に関わる重要事案を軽々しく決めようとしていることです。
最低でも県外の普天間、中国傾斜、温暖化ガス25%削減、
外国人参政権、そして震災後の脱原発、TPP、消費税増税に
女性宮家創設などなど。
一方で、円高、レアアースやエネルギーといった資源確保に
無頓着で、農業にはばらまきなどのいわゆる「経済無策」で、
なにより震災復興を軌道に乗せる前に「やりたいこと」ばかり
を増やしているので、その端から追いかけても、実はまだまだ
ネタが溜まっている状態です。
ちなみに「自民党」もダメダメです。
かつての自民党なら協議に応じながら、世論に訴えかけつつ
敵陣営を切り崩すなど「悪党」らしい戦い方をしたものです。
また増税議論でもそれこそ「国民のためになるなら」と
自民党内の議論を「ニコニコ動画」の自民党チャンネルで公開す
るなど鷹揚さを見せつけるチャンスで、端的に述べればわたしも
含めた40才以上の「アンチ自民」の洗脳を受けている連中の
票など切り捨て、30代以下の若者に「実力」を見せつける
絶好の機会・・・であることに気がついていないのでダメだこりゃ。
もしかしたら既に「実力」が枯渇しているのかもしれませんが。
40才で線引きしたのは私自身が経験していることですが、
人生の大半を「アンチ自民党プロパガンダマスコミ報道」に接し
ているので、その洗脳は深いからです。消去法的自民党支持者の
私でもうっかりすると洗脳が蘇るほどです。その点、日本新党
以降の政権交代ムーブメント、そして民主党の躍進などからしか
政治をライブで見ていなければ、洗脳が浅い傾向があります。
話を戻します。
ねじれ国会をスムーズに運営したいのであれば、頭を下げる
立場にあるのは与党です。あるいは顔を立てて法案通すよう
お膳立てをするのが与党の仕事でした。もちろん、満額回答
とはいきませんが、政権交代後の明日は我が身で考えれば、
ねじれ国会の運営はより順調にいくことでしょう。
ただし、信頼関係があれば。
頭を下げるのもお膳立ても信頼関係を構築するためです。
もちろん政治の話しに限ったことではありません。
しかし、民主党が動かすのは「口先」だけです。
その上、喧嘩だけは良く売ります。
時計の針を戻して自民党政権が同じことをしたとしたら、
野党はもちろん、メディアを総動員して集中砲火を浴びせたこと
でしょう。もちろん、それは正しい姿です。
政治を語るその存在は「人」でなければなりません。
その人が人たらんとする社会性とは信頼関係に立脚します。
二人で井戸を覗かない国でもそれは同じです。
その「人」の不在が民主党の政治。民主党大会でのドジョウの
挑発&恫喝からの結論です。だから、平気で約束を反故にしますし
県民感情、国民感情を逆撫でにできます。そして優先順位を
間違えます。
思えば「コンクリートから人へ」とは、
「悪いようにしないから」
とは悪いことをするときの定冠詞であるように、人不在の
体質を包み隠すための包装紙だったのかも知れません。
ドジョウはこうもいいました。
「不毛な政局談議はやめ大局に立って奉仕することが求められている。
崖っぷちにいるのは民主党ではない、日本と国民だ」
ほぼその通り。正しくは「民主党だけではない」。
民主党は崖っぷちです。
そして日本と国民を崖っぷちに追いやったのが自民党という
暗喩するなら、崖っぷちの背中を蹴りこもうとしているのが
野田佳彦と不愉快な仲間達、すなわち民主党です。
彼と彼らにかける言葉はもうひとつだけ。
「よく、いうよ」
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ロボジーを昨夜、試写会でみました。ロードショーが始まったらもう一度
見たいと思う映画です。約2時間、笑いっぱなしです。
この映画の宣伝は「感動しました!」とあれば、大嘘。たぶん
ないと思いますが、感動するとしたら、エンディング直前まで
きっちりと笑いを仕込んでいる筋立てで、そして破綻なく破綻さ
せたところでしょう。
あらすじはこんな感じ。
社長の気まぐれで「ロボット」の開発を命じられた、白物家電
メーカーの社員と、ロボットオタクの女子大生が巻き起こす狂想曲。
予告で「ネタばらし」されていますが、開発した「ロボット」の
なかには「老人」がはいっています。つまり「着ぐるみ」。だからロボジー。
ロボット名前は「ニュー潮風」。白物家電メーカーなので。
それに日本中が騙されて、ロボットオタクの女子大生がロボットに恋をし
て・・・とどこをつまんでも、本編の「笑い」を漏らしてしまいそ
うで、実に紹介がむずかしい映画です。
ロボットオタクの女子大生は吉高由里子嬢。
物語前半の「ロボット愛」への演技に若干の違和感を覚えますが、
それは安心して受け入れてください。クライマックスに向けた導火線
ですので。
そして結論は・・・いわぬが花。
着ぐるみロボットから考えれば、ストーリーは必ず破綻します。
しかし、それをしっかり笑いに転換するところは見事です。
いやなご時世を忘れる2時間でした。ロボジー必見です。
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増税に反対します。
新年だしぬけになにをと思われるでしょうが、昨今の新聞を中心
とした
「増税マンセー」
の世論(せろん)構築に異を唱えるために反対しておきます。
それでは本音は? と問うならイヤですよ。なんで、無駄遣いが
あきらかな税金を喜んで支払えというのですかと逆質問。
大手町や丸の内にいってごらんなさいな。智恵子も泣くほど空が
ない巨大なビルを「再開発」と称して建てる意味が分からない。
情報技術、政府的にいうなら「ICT(いわゆるIT)」が発達した
現代において、一箇所に人が集まる意味など、証拠の残らぬ悪巧み
か、リアルな意味においての御輿を担ぐお祭りぐらいのものです。
ここで大手町や丸の内について三菱地所の仕事、すなわち民間の
ものだという意見は表面に過ぎません。本旨とずれるので詳述しま
せんが、日に影に政府というか官僚の協力があって実現しているの
です。
一例を挙げれば、2階建てバスの屋根がないものが都心を走る
ようになったのは、国土交通省が策定した「グローバル観光戦略」
いわゆる
「ビジット・ジャパン・キャンペーン(Yokoso Japan)」
と無縁ではありません。コレにあわせた「規制緩和」で、これに
迎合する・・・もとい、連動して私企業に声をかける「民間企業」
がなぜかあります。
余談ですが、ブラックキューピー孫正義さんが「政商」と呼ばれ
て本気で怒ったのは、ここらのカラクリを知っているからでしょう。
お声がかかるには「毛並み」が問われ、もちろん、私のような
どこかの馬の骨が拾われることはありませんし、頼まれてもお断
りです。しかし、良い毛並みの人は、大した苦労もせずに、国民
から集めた税金で贅沢をしているのです。これは事実です。
話を戻します。税金というのは色んな形で投じられており、
増税により収入を増やす前に使い道と、使い方を改め、それを
示さなければ、借金まみれの阿呆に金を貸す商人はいないという
ことです。だから増税反対。
ついでの余談ですが、大マスコミの大半が増税賛成の旗を振るの
は彼らも規制に守れているからで、形を変えた税金投入により
利益を得ているからです。
わが家での会話においての最新の流行語はこれです。
「それは良いとして」
と、前提を定義しなければ、すべてを語れないのが民主党政権
だからです。肯定ではなく「棚上げ」を意味します。
首都高速は値上げされ、ガソリン料金は高いまま、子供手当は
「子供のための手当」と、まるで、詐欺師の口上を臆面もなく
だせる破廉恥どもの人間性を問うては議論にならないので、
「それは良いとして」
と本題に入ります。
すべてが「論理破綻」している民主党政権ですが
「それは良いとして」
すすめてみましょう。
コホン。財政再建にねばねばと「増税」に取り組むとのこと。
本当に消費税だけで財政再建をすすめるには税率は25%以上は
必要なのですが、
「それは良いとして」
いまの10%への増税でも「道筋をつける」ことにはなります。
日本の財政運営を海外の投資家は信認することでしょう。
すると必然的に
「さらなる円高」
が進行します。いま、ドルに対しては76円が相場となり、
ユーロは100円を切りました。
暴走族出身と豪語する財務大臣が息巻いていましたが、結局
為替は円高のままです。そこに更なる円高要因が加わります。
本当に民主党は「口だけ」なのですが
「それは良いとして」
財政の健全化の増税・・・といえば聞こえは良いのですが、
財政の健全化とは収入の改善の前に支出の抑制から始めることは
以前指摘した通りですが、
「それは良いとして」
では、国内産業はどうなるでしょうか? 円高が進むことで
輸出産業が海外に生産拠点を移す、産業の空洞化が止まること
は絶対にありません。むしろ、海外脱出に弾みがつくでしょう。
結果、法人税も含めて税収が落ち込み、さらなる増税が必要と
なる懸念が強いのですが
「それは良いとして」
円高により輸入産業は潤うので内需拡大が期待できるかもしれ
ません。
しかし、残念ながら今年度から我が国 日本は
「貿易赤字国」
に転落すると見られています。
リーマン・ショック以降の消費不振に加えて、震災の影響と
史上空前の円高で海外にものが売れなくなっている・・・だけ
はありません。
「脱原発」
あのペテン師の呪いにより、代換え電力源としての火力発電に
必要な化石燃料を大量に輸入するようになったからです。
まぁ脱原発が国民の総意なら仕方がないとはいえ、ならば、
まず始めに
「地球温暖化ガス25%削減」
という国際公約の撤回から始めるのが大人の所作と民主党に
問うことが虚しいので
「それは良いとして」
も(というか、こうして馬鹿が幅を効かせているのが現代に
日本です。いずれ取り上げます)、貿易赤字とは国内の富が海外に
流出することを意味します。
つまりジリジリと、国内の資産が日々の生活のなかで流出して
いくということです。
もちろん、一時的な赤字になっても、その間に蓄えた技術や
商品力などで反転攻勢にでることも不可能ではありません。
ここで先ほどの「円高」が
「それは良いとして」
と棚上げすることができなくなります。
円高により製造業が海外に拠点を移します。事故発生時の
原発の廃炉費用まで含めるか否かで議論が分かれるとは言え、
海外と比較して高い電気料金がさらに企業を苦しめます。
そこに「TPP」で関税がゼロになったとき、日本企業の
名前を関した製造業が、日本で製造しつづける理由もゼロに
なります。
世界一と胸を張っていた日本のモノヅクリが砂上の楼閣だと
分かったのはタイの洪水です。タイの熟練工がいなければ
JAPANブランドが守れなかったのです。これは、適切な
技術指導があれば、日本以外でも「職人」を育てることは
可能だということです。
もちろん、日本人の教育水準や勤勉性など、現時点において
我が国の職人に誇りを持っていますが、それは民族に与えられた
特権ではなく、環境が育んだ恩恵であり、同時に環境を得ること
ができれば飛躍する国は世界中にある・・・当たり前の話しです。
そしてこれが最後の
「それは良いとして」
・・・と、したとしても、いまあげた貿易赤字、円高、TPPで
その先に待つのは、史上空前の円安です。
考えれば当たり前の話し。生活するだけでお金が出ていく
日本です。自動車から衣料品、加工食品の大半は日の丸ブランド
が、海外で生産したものが「輸入」されます。
都心の山手線は日中空気を運ぶために数分間隔で電気を浪費し
ながらぐるぐる周り、ツイッターをつかって節電を呼びかけ、
電力消費量の激しいスマホを使い続けるコストは、日本全体で
いまも負担しています。まぁスマホの電力ぐらい微々たるもの
・・・という発想が「節電」の最大の的だと、喉元を過ぎた
日本人は忘れてしまいました。
そして「富(資産、貯金、人材)」が流出した日本に投資家は
魅力を感じません。円は必然的に売られます。すると、輸入コスト
はさらに増大します。TPPは関税をゼロにしますが、為替を制御
する能力は皆無です。
増税により財政再建をすすめようとする端から資産が溶け出す
ように流出していきます。
さて、いま、すぐ、取り組むべきは「増税」でしょうか。
私には野田首相がねばねばと唱える念仏が
「帳簿上の話し」
すなわち机上の空論です。経済は生き物であり連動して動き
グローバル経済の中で、日本単独での経済政策など無策に等しいな
か、
「増税」
という国内のみの対策にばかりひた走る姿に「財務省の忠犬」を
見る思いです。また、一部のドジョウと「親しい関係者」によれば
野田総理はかねてより「増税論者」で、だからぶれていないと賞賛
する声もあります。
・・・だから、それはルーピーとペテン師と同じ。
「自分のやりたいことのためだけの政治屋」
ということ。
いま、政治にもっとも必要なものは
「希望」
です。国民にこれを示すのはナデシコJAPANではなく政治の仕事
なのです。
日本という国をどう導くのか、被災地の復興の先に待つ明るい
未来についての希望・・・を語る政治屋をひとりも見かけません。
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- 【主張】消費税と自民党 政権担える政策力見たい(01/07 02:42)
ことしを締めくくるとするなら、やはり外せないテーマは震災で
あり原発です。それは終わったことではなく、現在進行中のことで
復興のための補正予算を第4次まで組んでも
「冷温停止状態」
と宣言したとしても、本当の救済・解決に到達していません。
復興予算は現場に届いておらず、いま成すべきことをあげるなら
一も二もなく現場にお金が流れる仕組み作りであるにもかかわらず
消費税増税に血道を上げ、膠着する普天間問題とトレードオフを
ねらったTPP参加と、やるべきことをやらないのは私たちが
選んだ民主党です。
あ、ただしくは私は選んでいませんが、多数派の意見従うという
社会制度で暮らす以上、私のうしろに「たち」とつけております。
ただし、民主党に投票したあなたにはこう声を上げる責任があり
ます。
「俺たちが選んだのは鳩山だ!」
・・・しつこいですか? でも、これが政権交代。昨夜は遅く
までメディア関係の方と今年一年を振り返り情報交換をしたので
すが、彼も民主党に投じなかったひとりですが、しかし、
「自民党にお灸を据えたい」
という、ある意味、民主党に投じた人に多かった考えを共有して
おり、民主党の惨状を目の当たりにした国民に対して
「学んだのではないか」
とポジティブに受けとっていました。つまり、政権交代の意味、
甘言を信じる愚かさについてです。
生まれも育ちも環境も異なりますが、ほぼ、考えを同じくする
方ですが、この点に関しては意見が真っ向分かれた私の見解は
「それでも大衆は愚か」
と、大阪府民、市民が前回衆院選挙で民主党を支持して、
今回のダブル選挙では橋下新党(大阪維新の会)に乗り換える
あたりにこの結論をみるのです。
すると、メディア関係者はこう指摘します。
「大阪府民の府民性、おもろそうな人にいれた可能性もある」
なるほど。ノック師匠を選んだぐらいだからと。
話を戻します。
ルーピー鳩山を党首とした民主党を国民が支持しました。
そこには自民党への不信感、叱責、憎悪、飽きなどそれぞれ
理由がありますが、小泉純一郎から安倍晋三、福田、麻生と
続いた権力のたらい回しへの批判は、その民主党がもっとも激しく
それに国民は同意しました。これまたしつこいようですが、小泉
から安倍は既定路線であることは誰の目にも明らかで、その前の
選挙でも小泉氏は次の総裁選挙には出馬しないと明言しており、
つまりは安倍氏への「継承」は、隣の将軍の三男への世襲よりも
あきらかだった話しです。
それを民主党とメディアと国民が「総攻撃」をしました。
総理が替わるときは「民意を問え」と。
あれ、誰も指摘しませんでしたが、一種の大政翼賛体制だったん
ですよ。
そしてルーピーから卑怯者、そしてドジョウと「たらい」は回さ
れ続けます。まるでベイブレードのような回転力で。
簡単に言えば、鳩山以外の誰が党首でも選挙を経ないまま政権を
握り続ける彼らは嘘つきで、民主党に票を投じた人は嘘つきの片棒
を担いだという事実にかわりはありません。「騙された」と被害者
ぶればそれは民主党と同じです。
各種ばらまき政策にトチ狂った社会保障など、さんざぱら
「できない、無謀だ」
と旧政権側の反論に耳を貸さずに票を投じたのですから。
まぁそれでも先のメディア関係者のように優しい目で見れば、
こういう図式でしょうか。
「悪い男に騙されたおぼこ娘」
田嶋陽子先生が激怒するような例えですいません。
反対する親兄弟、親戚縁者、友人の声も恋の病に塗る薬はなく
駆け落ち同然で結ばれたものの、婚前にいっていたこととはまった
く守らず、さらに大風呂敷を広げ嘘八百をならべて逃げ場がなくな
ると、自分の盟友に嫁を押しつけ逃亡し、この盟友は希代のペテン師
で、我が身の保身しか念頭になく未曾有の大震災も政権延命の
チャンスとしてしか考えていなかったのか、夏の暑さが過ぎたのを
見計らって四国方面に旅立つと、同じ寄り合いの仲間が嫁と祝言を
あげました。
騙された、別れたなら家に帰して欲しいとヨヨと泣く嫁。
に同情できなくもありませんし、この反対した親兄弟もだらしな
い家庭環境だったというオチになりますが。
ただし、ドジョウ、こと野田総理に関しては「復興対策」という
錦の御旗がありました。そして短期的にはそれもやむなしと野党で
さえ飲んだのです。
ところが蓋を開けると復興対策の予算はどうにか組んでも、その
執行が滞り、本来それこそ「政治主導」で現場に金が流れるように
して、仮に不手際があれば、その責任、すなわちドロを被るのが
政治家の仕事ですが、遅々として進まず、一方で増税とTPP、あ
まつさえ、靖国に参拝もしないような男が、日本国の支柱ともいう
べき宮家の増設に言及するなど笑止千万。
と、すいません、やはり前置きが長くなってしまいました。
今回のテーマは「原発」。
以前から指摘しているように、わたしはもともと脱原発派です。
エキセントリックなものではなく、資源としてのウランの推定
埋蔵量から見て、高速増殖炉が稼働したとしても、百十数年のスパ
ンでしか利用できないもので、核廃棄物の貯蔵、管理は数千年から
万年単位となれば、経済合理性からどう考えても、いずれ淘汰され
る発電方法だからです。
ただし、今の現代日本の社会の仕組み上、電気がなくなってやっ
ていけるのでしょうか?
自然エネルギーが安定供給に到達するには、推進派でさえ十年単位
を見積もっていますし、火力に頼るとすればCo2の排出量は避けて
通れぬ課題で、ルーピーの宣言した「25%」の撤回から始めるのが
筋というものでしょう。もちろん、そこには地球温暖化への対策とい
うか外交努力もあわせて必要となります。
あるいは「不便を甘受しよう」という見上げた根性を国民が発揮す
るというのならそれも一手です。
東京でいえば、内回りと外回りがある環状線「山手線」は、どちらか
周りを奇数日と偶数日で交互に走らせたり、通勤時間以外の鉄道は
30分に一本、エスカレーター・エレベーターのたぐいは福祉以外は
原則禁止にして、エアコンの設定温度は厳重に定めます。計画停電を
実施するのもアリです。経験すると相当不便ですが、みな甘受する
なら民主党が政権をとったように、こちらも従うしかありません。
生活はそれで良いでしょう。ただし、製造業にも波及します。
簡単に言えばモノヅクリにも制限がかかり、つまりはGDPは下が
り、平たくいえば働く場所が減り、給料が減るということです。
自然エネルギーが安定供給されるまでの一時期、我慢すればよい・
・・・とはいきません。その自然エネルギーの発電装置を作るために
も多分、電気を使うでしょう。中国から輸入するという方法もありま
すが、一切作らずに買うだけでは成り立つ経済理論を寡聞にして
わたしは知りません。
つまり、電気不足により自然エネルギーが安定供給への道程が
長引くことも、過激な脱原発は意味するということです。
「放射能が」
と、いう反論もあるでしょう。わたしは放射能を感情的に怖れて
います。「はだしのゲン」の影響もあるでしょうが、われわれ、
昭和の子ども(日教組に毒されていない)にとって核戦争はとても
リアルな話しだったからです。
余談ですが、私が足立区の最北部に住む理由の根底には、都心で
核爆発が起きたときに、運が良ければ助かるかも知れないという
かつて読んだオカルト雑誌のうろ覚えの記事によります。あとは
首都圏直下型地震での・・・と、これはいずれ機会があれば。
しかし、理性で考えると、いま核エネルギーによる発電を止める
ことはできない・・・というのが私の立場です。
改めるものはあらため、管理するものは管理し、見直しするものは
見直すというのはいわずもがないとした上で、福島原発事故により
すべてがごちゃ混ぜとなり語られていないかということです。
その姿勢は議論を整理することで優先順位を定め、粛々と執行する
ことの正反対にいるドジョウ民主党政権と重なります。
例えば、いまの時点でわかっていることに過ぎませんが、
福島原発は地震での事故ではなく津波です。さらにいえば津波による
電源喪失だろうということまでは明らかになっています。
つまり「原発は地震には耐えられる」という見立てもできます。
さらに「建屋自体は津波にも耐えた」と。
ならば、可及的速やかに、いかなる状況下でも電力を失わないよう
喪失時の二重三重のバックアップ体制というのは全国の原発において
必要です。
それはいま、この瞬間に、どこで地震が起きても不思議ではないのが
我が国、日本だからです。
優先順位でいえばこれが一番です。原発はテレビやラジオのように
スイッチを切れば停止するものではなく、長期間の冷却が必要なので
仮に今すぐの「脱原発」を決断したとしても停止した原発にたいして
同じ対策が必要です。
で、これを調べてみると、幾つかの原発では「訓練」ははじめた
ようですが、その「訓練」実効性を担保する仕組みは用意されて
おらず、もちろん! と胸を張りたくなるほど政府は無策です。
なんでも頼るのは心苦しいのですが、危機的状況下で迅速に行動
できるのが我らが自衛隊です。あるいは消防庁なども絡めた冷却用
電源復旧対策を練ることは政府にしかできない仕事です。
そもそも「増税」を持ち出すなら「構造改革」は当然として、
「産業振興」
への具体策を示さなければならいのですが、こちらは事実上放置され
もちろん、ここに「原発」が絡むのはいうまでもありません。
震災の年ももうすぐ終わります。しかし、震災はまだ続いています。
そして「いの一番」の対策はまだ放置されたままです。
もういいかげん「冷静な議論」と「現実的な選択」を我々国民が
しなければなりません。
なぜなら政府にも与党にも、もちろんドジョウにもその能力がなく
残念ながら自民党にもありません。社民党はいいかげんなくならない
かな、共産党はいまより増えなければ天然記念物として見逃してあげ
ます。
コホン。理想を追うなら不便を甘受します。現実を受け入れるなら、
あるいは妥協するなら対策を立てなければなりません。そしてなによ
り、
議論の前に優先順位を守ること。この国の議論で抜けているもっ
とも大切なことです。
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by パンダマン
パンダはチベットの動物